記念写真

石塚元太良さんロングインタビュー:新しい人:interview:review:D-FARM

旅行中って、自分の思い出って、思い出そうとすると自分の写真思い出すの。これは結構マッドだな、と思った。記憶って、変わってくよね。どっかいってさ、携帯で写真撮ること多いけどさ。撮ったのみて、それを記憶する人って、あんまりいないと思うんだよね。とにかく写真のこと思い出すのって。。。

写真家の人が旅先で写真撮るのは仕事だから意味は違うだろうけど、自分が旅先で写真を撮るってことの意味は何なんだろう?って思った。自分だけでなくその他大勢の旅行者が写真撮ることの意味って。
そこの土地に行きましたって証拠を残したいっていうのなら、まぁ話はわかる(なんかオリエンテーリングやってるみたいでどうかと思うけど)。他の人にも自分が感じた思いを少しでも分かってほしいからってというのも、分かる(ケータイで写真撮って送るのもこれ)。でも、自分の記憶をただ風化させないためとか言うんだったら、写真は必要ないのかもって思った。なぜなら自分がこのタイプだから。
何かグッと来る風景なり人なりに出会った時にシャッターを切るわけだけど、そのグッときた感情って写真に撮らないと忘れちゃうもんかな?だったらその時に感じた感動って大したことじゃないってことでしょ。
いつの日にか行った旅行を思い出す時、石塚さんが言ってるように、写真を見て思い出すのってやっぱ寂しいと思う。そんな平面でトリミングされた風景を見てきた訳じゃないだろうに。写真を見ることがフックになって、その時の感情がちょっと思い出されるかも知れないけど、それもちょっとで。普通「あぁ、そう言えばそんな所にも行ったよねぇ」で終わっちゃう気がする。プロの人の写真はやっぱ違うと思うよ。写真を見ただけでその人が何にグッときたのかとか、気温や湿度、それに被写体との関係とかいろんなことが連想されてくるから。
そんな写真が撮れるようになれば話は簡単なんだろうけど、そんなことはないだろうから、その時その時感じた感情を大事にして忘れないのように、旅行中だけでなく日常でも過ごしたいと思った。

Comments

タイトルとURLをコピーしました