アンコール日記の途中だけど、ようやく写真が整理できたのでアップします。
D70が頑張ってくれたんだけど、途中ISO設定間違えてたり、こっちの腕が追いついてなかったりして、帰ってきて見てみたらつかえない写真が多くて、散々でした。
ただ、やっぱ写真は面白い。普段からもっとカメラ片手に出かけて、手当たり次第撮りまくろ。
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- May 3, 2004
7時起き。朝飯を食べるため、ソーロー君に地元の食堂に連れてってもらいます。コックウっていう牛肉のトマト煮込みみたいなものを、レンパン(フランスパン)に付けながら食べるこっちではメジャーな朝飯の一つ。コックウの中にはホルモン系の肉も入ってて、朝っぱらからこんなの?って思うけど、結構いける。今日はハードなスケジュールなのでちょうどいいかも。
今日最初の目的地はベンメレイ。シェムリアップから北北東へ90キロ。それも舗装された道ではなく、かなりの凸凹道。電波少年の「アンコールワットへの道」で出てきた道路を想像してもらうとちょうどいいかも。沿道には普通のカンボジアの人々が暮らす家が建ち並び、バイタクの後ろに乗ってると子供たちが手を振ってくれます。そんな道を通って約2時間ほどでベンメレイに到着。
ベンメレイは改修作業どころか保存作業すら行われておらず、遺跡が発見されたまんまという状況。ただそれがすごい面白く、崩れ落ちた瓦礫をよじ登ったり滑り降りたり、はたまた光の届かない薄暗い通路を手探りして進んだりして見学するので、まさにここはインディジョーンズか、ドラクエの世界と言った感じ。ただまだ整備が不行き届きで、遺跡の周りには地雷が残っているので要注意。
帰りは途中のマーケットで食事をした後でソーロー君の実家にお邪魔。乾期はみんな仕事がないそうで、お父さんは昼間からハンモックでうとうとし、お母さんは副収入源である家畜の豚と鶏用にエサ作ってました。やっぱり日本とは時間の流れるスピードが明らかに違います。
インドに行ったときもタクシーのドライバーさん宅に連れて行ってもらったんだけど、そういった体験って絶対パックツアーではできないですよね。いきなりバスの運ちゃんがいきなり「俺んち寄ってく?」とか言い出したらスケジュールも何もあったもんじゃないだろうし。ただ運ちゃんについていくっていうのは、こういう旅行の面白さである一方、明らかに「自己責任」というものの範疇に入ってくることでしょうね。
午後はロレイ、プレア・コー、バコンをサクッと回って今日の予定は終了。帰ってビール飲んで昼寝。起きたらまだ日が沈む前だったんで、またプノン・バケンにいってサンセットにトライ。ただ徐々に雨季に近づいてきているためか、またもや綺麗なサンセットは見れず。その代わり、きれいな満月がでていて遺跡との組み合わせが幻想的な雰囲気を醸し出していたんで、OKとします。
これで今日は終わりかと思ったらそっからがまたこれハードだった。同じ宿にいた日本人二人と、キムさんというバイタクの運ちゃん、そしてソーロー君の計5人で飲みにいくことに。最初は普通の屋台でチャーハン食べて腹ごしらえ。次は食堂でトレサップ湖で取れたナマズをつまみにビールがぶ飲みし、その後ソーロー君は先に帰宅し、残った4人でMartiniというクラブに。もう一人の日本人男子と「あの女の子かわいいよねー」と言ってた子が実は男だと分かり、あり得ないとショックを受けつつ、東南アジアでのニューハーフの見分け方について語り、明らかに夜の仕事をしてるとわかるおばさんの猛アタックから逃れ、今度はまた違うクラブに移り、まったりと飲んで、宿に帰ったら3時過ぎ。
しかし、あの子はどーみても女だった。
- May 2, 2004
今日はついにアンコール・ワット見学。8時くらいから第一回廊、第二回廊と壁画を見ながら徐々に中心部に近づいていきます。かなり長い回廊にびっしりと壁画が描かれてて、かなりのボリューム。日本の絵巻物のようにながぁーい一枚の絵が、時間軸に沿って書かれてます。ただ、彫刻自体はそれほど美術性・芸術性が高いとは思えない。ちょっと雑というか荒っぽい。彫刻に関してはギリシャのほうがすばらしいと思う。
最後の第3回廊への階段はかなりの急勾配。これだけ旅行者がいるんだから、誰か落っこちた人いるんだろうなと思って、ソーロー君に聞いたら黙ってなにも答えてくれませんでした。やっぱいるんだ。。。
第3回廊は地上から60mくらいでかなり遠くまで景色が見通せ、しかも風が汗ばんだ身体には気持ちいい。その気持ちよさと、ついにやってきたアンコール・ワットとからの離れがたさが相まって、1時間ほど天辺でぼーっとしてました。
その後アンコール・ワットを下りてる途中で一人の少女にあったんですが、その子が最高でした。男の子(たぶんお兄ちゃん)と一緒にワット内でゴミ集めをして小遣い稼いでいるみたいで、自分と同じくらいの大きさのゴミ袋を抱え階段を行き来してたんです。日本だったら小学生くらいで、本来なら学校に通ってるころだろうに。その子が階段を下りてるのを上から見てた時、振り返り様手を振ってくれたんですが、その時に見せてくれた笑顔がホントかわいかった。よくある感想かもしれないけど、いろんな意味で恵まれているであろう日本の子供より、こういった環境でみる子供の笑顔のようが、何千倍も輝いてみえます。
そんなこんなでアンコール・ワットを見終え、次はアンコール・トム。アンコール・トムはいくつかある遺跡群の集合体の総称で、昨日いったバイヨンなんかもここの一部。その中にある遺跡全てが興味深く、かなり真剣に見学。しかし、ただ見るってのも疲れるもので、それに加えて暑さもあって、夕方ころにはくたくたになりました。スケジュール的に明日はきつそうなので、それにそなえゆっくりと宿で休みことにします。
- May 1, 2004
7:30出発のバスなのに目が覚めて時計をみたら7:30。
一瞬わなわなしてたけど気を取り直して、持ち物を一気にかき集めバックに押し入れて、階段を駆け下りたら、まだバスがいた!宿の近くがバス停で助かった。
そんな動揺を沈めつつも、懲りずにバスで熟睡してると6時間ほどでシェムリアップに到着。昨日あった日本人に聞いていた「JASMINE LODGE」へ行ってチェックイン。ここもSingle/Fanで$3です。ただ知らないだけなの知れないけど、カンボジアのG.H.にはドミが少ない気がします。Singleじゃなくても全然よかったんだけどな。
ちょっとは宿でゆっくりすればいだろうけど、夢にまで見たアンコール・ワットがもうすぐそばにあるのに、そんな悠長なこと言ってられません。さっそく宿のお手伝い兼バイタクをやってるソーロー君(23)にお願いして、連れて行ってもらいました。
シェムリアップの街はそれほど大きくないのですぐに市内を抜け、林を切り開いたアンコール・ワットに向かって一直線にのびている道を行き、途中で1週間分の遺跡チケットを買うと、ついにアンコール・ワットに到着です。アンコールにある遺跡の中でもこのアンコール・ワットだけはなぜが西を向いて、そのため西日を浴びた尖塔、回廊がすごいきれいです。ただただ感動。そのまま中に入りたかったけど、時間が時間だったので楽しみは後に回して、今日はソーロー君の勧めでバイヨンにいきます。
バイヨンは数ある遺跡のなかで人気があるもので、アンコール・トムの中核となる建物です。確か小学生の頃、本で見た巨顔が至るところに掘られていて、怒っている顔や、微笑んでる顔、崩壊してしまった顔など、全部表情が違ってます。それらがアンコール・トムの中心に位置して、この地にかつて住んでいた人一人一人に向けられたものだと考えると、当時の人々は結構幸せだったんじゃなかったのかと、勝手に想像がふくらみます。
バイヨンの見終わると日没が近づいていて、そのままサンセットで有名なプノン・バケンへ。サンセット目当ての観光客が一杯きているんだけど、しかし曇ってしまっていて、肝心はサンセットは見れず終い。まだ日数があるので天気がよい日に改めて来ることにします。
- April 30, 2004
8:50プノンペン行きに乗るために5:30起床。ここで乗り遅れたシャレになんないんで、余裕を持って出発。昨日、乗ってきたバスを同じやつに乗って空港まで、移動するもの途中渋滞に巻き込まれたり、降りるターミナル間違えたりでチケットカウンターに着いたら、もう7:30。しかも、カウンターは現地の人でかなりの行列です。なぜかこういう時に中国語を聞くと、やたら焦ってくるのは何故なんでしょう?
そんなことがありながらも問題なく飛行機は離陸。台北からプノンペンまでは約3時間なんで、あっという間です。飛行機の外にでると台北に着いたときとは変わって、むわっとした東南アジア独特の熱気が迫ってきます。空港の外では、タクシーやバイタクの運ちゃんたちが集ってきて、この光景もやっぱりバンコクとかデリーと同じ感じ。市内までバイタクで$2らしいけど、事前に$1でも払いすぎって聞いてたんでぼられたかも。でも運ちゃんは規定で$2って決まってて、みんな一緒だって言ってる。どっちがホントなんだ?
バイタクはバイクの後ろに乗って二人乗りで移動するバイクタクシーで、こっちではかなりの数がいます。後で聞いた話だとカンボジアでは大学までちゃんと卒業しても仕事がないので就職出来る人はほとんどいなく、バイタクはバイクさえあれば(バイクに免許は不要。もちろんタクシー免許も不要)始められるので手っ取り早い稼ぎ方法なんだそうです。そんなバイタクに乗ってプノンペン市内まで。日差しは強いけど、バイクで走ってる分そんなに暑さは感じず、そのかわり砂埃がひどいです。ほとんど目を開けてられません。
30分ほどで市内に到着し、予め目を付けてた「Capital Hotel」へ行って、部屋を確保。Single/Fanで$3。まずは市内散策でメイン・マーケットへ。日本のアメ横みないな小さなお店がドーム上の建物の内外にぎゅぎゅっと集まっててすごい密度と熱気です。洋服、日用品、貴金属、食料品など、なんでもある。店をひやかしながらぷらぷらしてたんだけど、なんせすごい暑さなんでいつの間にか汗びっしょりです。水飲まずにこのまま歩き続けたらぶっ倒れるんじゃないとを思うくらい。一時普通のクーラーの効いてるスーパーに退避。スーパーの商品はマーケットよりちょっと高いけど、日本のスーパーと変わりない品揃えで、物は豊富にあるみたい。それでも暑くて観光どころではないんで、一度宿の近くの食堂にいってBayonBeerで一杯やって昼寝します。
夕方になるとさすがに涼しくなって、動きまわるにはちょうどいい温度に。市内に出る前に旅行代理店行って明日のシェムリアップ行きのチケットを入手します。始め飛行機で行こうと思ってたけどもう満席なってしまってて、バスで行くことにしました。バスだとシェムリアップまでは6〜7時間で$5.5です。プノンペンの街を散策してて気づいたんですが、なぜか同じ業種の店が4,5件並んでることが多いんですね。扇風機屋さんだったり、美容室だったり、バイク屋さんだったりが軒を連ねてあるんです。変なの。
暗くなってくるころには夜店も出始めて、また違った面白さができます。いろんな夜店を見てたんだけど、ここって店が見つからなくて、近くにいたバイタクの運ちゃんにどっか美味いところない?って聞いたら、運ちゃんの知ってる店に連れてってくれることになりました。どんなところに連れて行かれるかちょっと心配だったけど、なかなかいい感じのところです。いい運ちゃんでよかった。(でも鼻毛がこれでもかってほど生えてます。)体育館みたいなだだっ広いフロアに、地元の人はもちろん現地赴任中の日本人もいたりします。それでどんな料理かっていうと、日本の七輪みたいなのに炭ではなく焼いた石(?)が入っていて、それが各テーブルに置かれて、肉焼いて食うっていう、つまり、焼き肉です。風通しもよくビール飲むには最高なんだけど、肉は日本の方がやはり美味いです。
その時バイタクの運ちゃんと一緒にビール飲みながら話をしてたんですけど、彼が運転してるバイクは1日$3でレンタルなんだそうで。結構いいバイク乗っていたから裕福な方なのかと思っていたら全然そんなことなかった。こっちの人の平均月収が$20って聞いたので、そうなるとそのレンタル代の支払いだけでも、かなり頑張って客を乗せないといけないです。道でバイタクの運ちゃんに声かけられる時は決まって、ちょっと遠めにあるキリングフィールドとか(そこまでは$5)に行こうって言うのにはそういう理由があったからみたいです。現にその運ちゃんはレンタル代が滞っててオーナーから取り立てにあってるって言ってました。バイタクも大変です。
それとこの運ちゃんの親父さんは彼が3歳のころ、ポルポトに殺されてしまったそうです。ポルポトとか、虐殺なんていうと歴史の教科書の中の出来事かと思っていたけど、カンボジアの人にしてみたらまだ現在進行形の事件なのかも知れません。そんな出来事がほんの30年前までは日常のように起こっていたと言う事実が自分の中では上手く飲み込めないでいます。自分に何かできることがあるのか、ないのか。それすら分からないです。
食事を済まし、もう一杯飲みにまた宿近くの食堂へ行くと、今日シェムリアップから帰ってきたという旅行者を発見。いろいろと情報交換ができました。明日はついにアンコールワットの街、シェムリアップ入りです。